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  1974年 超傑作アルバム『 一触即発 』によって まさに・・・まさに華々しく メジャー・デビューを飾りまし た

  当時のメンバーは、森園勝敏(ギター、ヴォーカル)、中村真一(ベース) 、岡井大二(ドラムス)、坂下秀実(キーボード)です

  その後、ベースの中村が脱退し、佐久間正英(ベース) 、茂木由多加(キーボード)が加入しました。

  1975年にはシングルの『 空飛ぶ円盤に弟が乗ったよ/ブエンディア 』(リリース直後に茂木が脱退)を、また1976年には名盤の誉れ高いセカンド・アルバム『 ゴールデン・ピク ニックス 』 を発表しています。

  四人囃子の洗練されたサウンド、巧みな曲構成、高度な演奏技術は、70年代の日本ロック界に一大センセイションを巻き起こし、またたくまにトップ・バンドとしての地位を不動のものとしたのです。



  ところが、大絶賛で迎えられたセカンド・アルバム発表直後の76年半ば、四人囃子は危機的状況を迎えてしまいました。

  ギターの森園がバンドを離れ、バンド活動が休止状態となってしまったのです。

  しかし、この危機的状況も、翌1977年初頭には無事解消されることとなりました。新ギタリスト佐藤満を迎え、四人囃子は新たなスタートをきったのです。

  その後、年1作のペースで、3枚の傑作アルバム、すなわち、『 PRINTED JELLY 』(77 年) 、『 包(bao) 』(78年)、『 NEO-N 』(79年) をリリースしています。

 

  ところがここで、四人囃子は再び、そして今度こそほぼ決定的な危機を迎えてしまいました。

  79年発表の『 NEO-N 』は、“真のプログレ”と呼べるまさに超名盤なのですが、その名盤を最後に、活動停止状態に陥ってしまったのです。

 

 日本中の何万人にも上る四人囃子フリークは、それ以来ずっと、バンド活動の再開を強く強く待ち望んでいま した・・・

  その熱望に応えるべく、10年後の1989年には、リユニオン・アルバム 『 DANCE 』 (メンバーは佐久間・岡井・坂下) をリリースするとともに、待望のリユニオン・ライブ(森園・佐藤も参加。会場はMZA有明)も開催、四人囃子ファンを熱狂のるつぼに巻き込みました。

  ライブ当日の様子は
CD 『 FULL-HOUSE MATINEE 』
VIDEO/LD『 フルハウス・マチネ(3+2の世界)四人囃子復活ライブ 』 に記録されています。

  また1995年6月と11月には、それぞれ福祉と反核関係のイベント・ライブ(会場は東京の江東区と調布市)に出演、また1996年6月には、佐久間主催の”SAKUMA SUMMIT の一環として、一日だけの再結成コンサート(会場は日清パワーステーション)を行いました。(本オフィシャル・サイトの開設は、ちょうどこの時期です)

  その後、1998年には、本サイトに集うファンからの強い要望を受けて、“四人囃子BOX SET”構想が華々しく表明され、その興奮のさなか、『 四人囃子アーリーデイズ 』をリリースしました 。これは、デビューアルバムに先立ち発売されていたサウンド・トラック・アルバム『 ある青春/二十歳の原点 』に、未発表ライブ曲を加えた作品です。

  また翌年の1999年9月23日には、“MUSIC BAZAAR”と題されたチャリティ・コンサート に出演。会場となった日比谷野音を華麗なる四人囃子サウンドで満たしました(本サイト“Recent Lives”コーナーを参照)。

  ただし、これらの活動は、四人囃子“復活”への、ほんの「胎動」にすぎなかったのです。

  そうです!信じていれば・・・ 愛していれば・・・ 夢は叶うんです!四人囃子ファンの熱い想いは天にも通じていたのです!

 

  四人囃子“復活”です!

  21世紀初頭は、まさに“四人囃子ルネッサンス・イヤーズ”!
  四人囃子の完全なる“復活”といってもいいでしょう

  四人囃子は現在、70年代の全盛期に勝るとも劣らないほどの内容と密度で活動を続けています!かつて日本ロック界の新時代を切り拓いたバンドが、いままた再び、日本のロック・シーンに対して過激な挑発を送り続けているのです。

  まず2001年には、26年前の興奮が甦る「ワンステップ・フェスティバル 2001」(“うつくしま未来博”の一環)に出演しました(本サイト“Recent Lives”コーナーを参照)。

  その年の末には、ついに・・・、約3年の構想と作業の期間を要した大作!四人囃子 BOX SET 『 From The Vaults 』をリリースしました! このBOX SETは、ファンはもちろん、音楽業界にも賞讃の嵐とともに迎えられ、またたく間に入手困難となりました。

  そして翌2002年には、計6回にわたる大規模コンサートに次々と出演しました(本サイト“Recent Lives”コーナーを参照)
 ・ 「ROCK LEGENDS 四人囃子 vs スモーキー・メディスソ」
     4月27日・東京厚生年金会館、5月02日・大阪厚生年金会館、5月03日・渋谷公会堂
 ・ 「FUJI ROCK FESTIVAL '02」
     7月28日・苗場スキー・リゾート WHITE STAGE
 ・ 「ROCK LEGENDS Vol.2 四人囃子/頭脳警察 〜伝説破壊〜」
     10月25日・東京厚生年金会館
 ・ 「SAKUMA SUMMIT 2002」
     11月30日・渋谷AX

  また同年末には、前年末のBOX SET に続いて、今度は CD 10タイトルの一挙リリースも実現しました。この10タイトルは、「二十歳の原点」以来の旧作9タイトルに、2002年4月〜5月のライブ新録音である『 2002 live 』を加えた、合計10タイトル(初回限定・紙ジャケット仕様)です。

  続く03年にも、茂木由多加の追悼ギグに加えて、「ROCK LEGENDS」のVOL.3 として3回のコンサートを行いました。「ROCK LEGENDS VOL.3」は、四人囃子メンバーも敬愛する「PROCOL HARUM」との帯同ツアーでした。(本サイト“Recent Lives”コーナーを参照)
・ 「YONIN BAYASHI Live at Quattro」(渋谷クアトロ、4月9日)
・ 「ROCK LEGENDS VOL.3 Procol Harum vs Yonin Bayashi」
    10月31日・東京厚生年金会館、11月1日・川崎クラブチッタ、11月3日・大阪サンケイホール

  このような3年間にわたる怒濤のライブ&リリースの後、四人囃子は充電期間に入りました。まさに充電でした。

  というのは2008年、まず4月には「ROCK LEGENDS CREATION & 四人囃子」(04月19日・後楽園 JCBホール:本サイトの“Recent Lives”コーナーを参照)を行い、 これまでと大きくアレンジを変えた演奏、しかも新作2曲含むライブを行い、充電の成果を広く示したからです。さらにその翌月、5月24日には CD BOX SETの第2弾、『 From The Vaults 2 』 をリースしました。
 
  このBOXに続いて打ち出されたのが、新たな音楽の色彩探訪シリーズのライブでした(いずれのライブも本サイトの“Recent Lives”コーナーを参照)。すなわち、2008年7月10日にはフジファブリックと(恵比寿LIQUIDROOM)、また翌年の1月10日にはSOIL & "PIMP" SESSIONSと(SHIBUYA AX)、メンバー同士の共演を含むライブを行い、世代やジャンルを超越した音楽の刺激と感動をファンの耳に届けたのでした。

  四人囃子の音の旅はまだまだ続きます。2010年夏には、スティーブ・ハケット、ルネッサンスとともに「PROGRESSIVE ROCK FES 2010」(日比谷野音)に出演し、わが国最高のプログレバンドであること改めて示したり、2011年5月には、「四人囃子History '73-'89」と名付けられたコンピレーション・ベスト盤が発売されたりしています。

  ファンのみなさまの熱い想いがつづく限り、四人囃子は華麗なる冒険の音楽旅行を続けます!

四人囃子・・・ つねにプログレス!

to be continue ........

    

左上のグラフィックスは 四人囃子メンバー変遷チャート(6thアルバム『Dance』に付属の図)

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